語り部の憩い

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一周年を迎えて

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「語り部の憩い」の管理人・流星群が、一年間の活動を通じて考えたことを述べるページです。

2012年12月2日に設立された「語り部の憩い」は、2013年12月2日で一周年を迎えることになりました。そこで、一年間の総括と、「語り部の憩い」に関する思いを書くことに致します。

一年間何をしてきたか

私の一年間の活動を大まかにまとめてみました。

  1. 「語り部の憩い」にてポケモンサイト・フリーゲームのレビューを書いた
  2. メールやTwitterにてポケモンサイト・フリーゲームの方々と交流した
  3. ニコニコ大百科にフリーゲームの記事を書いた
  4. 近況報告のためにブログを書いた

3番がフリーゲームに関する活動で、1・2番はポケモンサイトとフリーゲーム両方にまたがる活動ですね。4番はサイト活動とはほとんど関係ない私事ですが、ブログを通じて「語り部の憩い」に来てくださっている方もいるので、SEO対策として役に立っているようです。

11月19日のブログ記事にも書いたのですが、3番はほぼやり終えたように感じています(もちろん、私がプレイしていないゲームで、まだ記事が書かれていないものはたくさんあるのですが、それを書くのは私の役目ではないと考えます)。

また、2番についても、「語り部の憩い」運営初期の頃にかなり多くの人に声がけをしたので、今後はやることは減るように思います。今後は、私のほうからというよりも、(掲示板に書きこんでくださったり、メールを送ってくださったりという形で)あちらから私に声をかけてくださるのを待つ時期でしょう。

というわけで、これからは1番に注力しようと思います。

まずポケモンサイトについて。掲示板でも指摘を頂いたのですが、今までは大手ポケモンサイトに注力していました。しかし、(私の運営していたソラノハシラノアナのように)大手ではない中小サイトで、名もなく消えていったサイトも数多く存在します。今後は、そういったサイトにもフォーカスしてゆきたいと考えています。

あと、フリーゲームについて。ニコニコ大百科のほうでは客観的なことを書くようにしていたので、今後は「語り部の憩い」のほうで、そのゲームを私がどのように評価したか、どう考えたかという主観的なことを書こうと思います。


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私はなぜ「語り部」をするのか

半年前に書いたある阿呆の半年で、以下のようなことを書きました。

「なぜそこまで10年前にこだわり続けるのか?」

──この疑問は、ずっと私の頭を離れなかった疑問でもあります。

ポケモン対戦・ポケモンカード・ゲーム解析・アニメ……ポケモンには様々な楽しみ方はありますが、今の私はいずれのプレイヤーでもありません(対戦の実況動画を視聴するぐらいはしますが)。

RPGツクールやサウンドノベル、遊戯王も好きなジャンルですが、いずれもただの消費者で、クリエイターにはほど遠い存在です。

お会いした方々も、今ではポケモンを離れた人も数多くいらっしゃいます。そんな中で、10年前の思い出を掘り起こして何になるのか? なぜ十年前のコンテンツにこだわり続けるのか?

この問題提起をした半年前は、まだ、なぜ自分が「語り部」であることにこだわるのか、それが見えませんでした。

快適な憩いのためにある阿呆の半年では、「10年前の思い出が消えてなくなってほしくないから」「10年前を無にしたくないから」といったことを書きました。これは全くの真実です。

しかし、さらに突き詰めて考えると、「ではなぜ思い出がなくなってほしくないのか?」「なぜ、過去のことを片づけて、未来に進まないのか?」といった問いが頭をもたげてきます。この疑問に対し、半年前は答えは出せなかったのです。

最近、ようやく「自分がなぜ10年前にこだわり続けるのか」という疑問への答えが分かりました。それを以下で述べてみます。

私事で恐縮ですが、私には昔から、「自分が死ぬことは怖くないが、自分の愛する人が死ぬのは怖い」という感覚がありました。夜寝るとき、家族や友人がいつかは死ぬということを思って、一人さめざめを涙を流したものです。

もちろん、私とて、死が全く怖くないわけではありません(死への不安は当然あります)。しかし、他人が死ぬことに比べると、自分の死がさほど怖くないのです。なぜか?

恐らく、「他人の死を自分が看取らなくてはならないという悲しさ」「他人が死んだ後も自分は現世で生き続けなくてはならない」という重みから来ているのだと思います。詳しく書くと長くなるので今回は省略しますが、とにかく「他人の死が何より恐ろしい」という思いがある。

ここで「語り部」に話を戻します。私にとって、自分の通っていたサイトやプレイしていたゲームが忘れられてゆくのは、そのサイトやゲームの「死」です。誰も通わなくなったサイト、誰も遊ばなくなったゲームは、いわば存在理由を奪われた存在で、死んだも同然だと考えます。

私が「語り部の憩い」を始めたのは、自分の愛したサイトやゲームの「死」を見たくないから、それらに生き続けてほしいから、という思いがある。これが、半年間考え続けた答えです。


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終わりに

書きたいことは大体書いてしまったのですが、最後に一言。

サイトに通ってくださっている皆様、一年間ありがとうございました。今後もよろしくお願い致します。


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