彼女がその身に纏うもの
―りあ。様より相互記念―

「じゃあ、これで終わり。」

「お疲れ様でした、笹塚刑事。」


聴取が終わり、ファイルの上へペンを転がすのを合図に、笹塚の前に座っていた人物が立ち上がる。

行儀良くパイプ椅子を戻し、流れるような足取りで出口へ向かうのを煙草を咥えながら眺めていた。


(疲れた・・・。)


正直な感想。いつもならこの事情聴取は密かに楽しみにしていたはずなのに、だから忙しいのにも拘らず他に任せず自分が自ら対応していたのに・・・。


「あの・・さ、弥子ちゃんは?」


その言葉にぐるんっ、と不自然に廻った首を見て、思いっきり引く・・・。


「僕では役不足ですか?」


深い翠が細まって、明らかに敵意を向けられているのが分かる。


「いや、問題ないよ。的確だった。」

「そうですか、それでは失礼しますね。」


貼り付いた様な笑顔を見せて取調室を出て行く青い背中。


(ったく、何なんだよ。)


ドアが完全に閉まるのを確認して、いすの背もたれにずるずると寄りかかった、もれる大きな溜息。

「あーあ、弥子ちゃんに会えると思ったのに・・・。」

目的の想い人に会えなかったばかりか、目下の敵には睨まれる始末・・・。


でもそれは、


探偵と助手の『痴話喧嘩』のとばっちりを受けただけという事を、


笹塚は知らない・・・・・。






「ネウロ、おはよ。」


毎日毎日女子高生が『タダ働き』の為にこんなぼろビルに通うなんて、同級生が知ったらどう思うんだろう・・・。食べ歩きも、ショッピングも、映画も、食べ歩きも、何もしないで・・・。


でも、それを結構気に入っている自分がいる。

原因はもちろん判っている。


ゆっくりと上がるエレベーターで最上階まで上がって、正面の扉を開けると、見慣れた青いスーツに、金と黒の髪、最近は優しく細まる翠の瞳・・・

が、あるはずなのに・・・・。


「・・?ネウロ、居ないの?」


扉を開けた正面には道路に面した窓が大きくとってあって、妖艶な美しさを持った机の所でふんぞり返っているのがいつもの状態なのに・・・。


「どっか出掛けたのかな?」


そう思ってたいして警戒もしないで事務所の中に足を踏み入れた。


-------パチン。


ん?今ネウロが指を鳴らす音がしなかった?

なんて、辺りを見回していたら・・・。



ザバーーーーッ!!
「ぎゃあっ!」


天井からバケツをひっくり返したような『水』が降ってきた。

「ネウロ!」

幾ら暖かくなってきたからといって、春先に水道水は無いでしょうに・・・。

最近少なくなってきたから気にしないでいたけど、何なのこのいわれ無き虐待は。


「何のつもりなの?」

ずぶ濡れの状態で、いつの間にか目の前にいる魔人を睨みつける。

そんなことで動じるヤツではないのは分かっているけど・・・。


「気に入らん。」

そう言って、よった眉と、細まるキレイな翡翠。


手には何故か台所用洗剤が握られていた。



「ちょっと、ネウロさん?それは何かな?」

「・・・・・。」


私の質問なんかお構いなしにネウロは洗剤の蓋をポンッと開けると、その中身を頭からぶち撒けた。

ねっとりとした液体がゆっくりと私の全身に広がって・・・。

次に来るのは2つの大きな手。


髪から制服から、全てを撫で回し、あっという間に泡だらけになる事務所の一角、その中心の私。


「痛い痛い、目に入った!」

「煩い、黙ってろ!」


頭をつかまれて、念入りに髪をわしゃわしゃと撫で回す。

一通り事が済むと、今度は大量の水。


「・・・・・。」


何がそんなに気に入らないのか知らないけど、いい加減にして欲しい。この状態を誰が掃除すんのよ・・・。


「ネウロ、どういう事か説明して!」

「ちょっと、ネウロ!」


つーんとそっぽを向いたまま、何も答えない魔人。でも、理由もなしに虐待を受けるほど、最近の私は物分かり良くないのよ。


「ネウ・・・」
「タバコ・・・。」


え?


「貴様が身に纏っているその匂いが気に入らんのだ。」

「あ・・・?」


不貞腐れたように口を尖らせてボソッと呟く、相変わらず子供のように目線は合わせない。


「他の男の匂いを持ち込むなど・・・。」


煙草・・・。ああ、私は気にしてなかったけど・・・。


「しょうがないでしょ、今日は警察に行って来たんだから。」

「で、笹塚と2人きりで何をしたのだ?」

「ちょっ、変な事言わないでよ。昨日の聴取に決まってるでしょ?」


フライデーで監視してたくせにどうしてそういう事言うかな!


『大体貴様は・・・』とか『我が輩の奴隷のくせに・・・』とかグダグダと文句をたれる魔人にだんだん腹が立ってきて・・・・。


「いーかげんにしろ!このヘタレ魔人が!!」


思わず怒鳴ってしまったことを一瞬後悔したけど、私の声に目を丸くしている魔人に少し安堵してさらに続けた。


「大体ね、何で私が事件が終わるたびに警察に出向かなきゃなんないと思ってんの?あんたが食事が終わったら直ぐ帰ろうとするからでしょ?」

「・・・・・。」

「めんどくさい事は私に丸投げするくせに、それで他の人と関わることに文句をつけるってどういうことよ。」

「・・・・・。」

「そんなに嫌なら私に行かせたりしないで、自分で行きなさいよ。」


「でもね、覚えといて欲しいんだけど、他の人と関わるなとか、話をするなとかそういうこと言うつもりなら、もう探偵なんかやらないからね!」


ここまで一気に捲し立てて一息入れる。その間一言も言葉を挿まなかったネウロには何か思うところがあるのだろうか・・・・。


「わかった?」


顔を掴んで正面から無理矢理目線を合わせて確認する。

私の勢いにつられたのか素直に こくん と首を縦に振るネウロ。ちょっと可愛い。


「じゃあ、謝って!」

「・・・・・。」

「ごめんなさいは?」


こういう時はある程度優位に立っておかないと、後々困るから徹底的に!


「・・・・・ゴメンナサイ・・・。」




「よし!」

その言葉に満足して、私は手を離した。ほんとはもうちょっと触れていたいのを我慢して。


「私も手伝うから、この酷い事務所掃除してね。」


機械仕掛けの人形みたいにぎこちなくだけど確かに縦に振られた首。


2人で掃除している間も、少し早いけど帰るといった時も、ネウロは一言も発さないまま私の言いなりだった・・・・。



ちょっと気持ち悪かったけど、まあ、たまにはこういう日もいいな・・・・ということで♪





再び笹塚--------


「ちぇ・・・。」


天井を仰いだまま、助手の残した匂いを感じる。


この甘い匂いは探偵のもの・・・・。


反対に彼女はいつも、彼の匂いを残していっていた・・・。


「俺の入る余地無しかなぁ・・・・。」


彼女が身に纏う自分の匂いが、他の男を牽制している事を、



彼だけが知らない・・・・・。


りあ。様、素敵なお話をありがとうございます!



戻るか?