空を覆う曇天が黒をなお濃く彩る。
水の粒子を多く含んだ空気に、息を潜める生き物の気配。
風さえも静寂を悦び、闇がさざめくその夜を
サツキヤミ、と
昔人は呼んだ。
『五月闇。』
梅雨の夜は苦手だ。
じっとりと蒸し暑く、空気が纏わり付く。
まるで、闇そのものに意思があるかのようで。
光が全く届かない夜。なお暗い物陰でため息をつく。
「どうかしたか?」
「別に・・・で、いつまでこうしてればいいわけ?」
ひそひそと会話をする相手は、例の魔人だ。
謎の発生現場だと言われて、連れて来られたのが30分前。
広い公園の茂みの中で、じっと息を凝らす。
「もちろん、謎が発生するまでだ」
「・・・・・いつよ」
「フム・・・少し早すぎたようだな」
「珍しいね」
ため息は暗闇に吸い込まれる。
一寸先は何とやら。
都会だと思っていたこの街にもこんな場所があったのか。
耳を澄ませば遠く蛙の声が聞こえる。
田に水が張られて、昼でこそ緑鮮やかなその場所は、今やここと同じ息苦しい闇に覆われているのだろう。
どこともなく虫も鳴く。背筋につぅっと汗が流れた。
「今宵はなかなかいい夜だからな。たまには外で待つのも良いだろう」
顔を上げる。
光はどこにもないはずなのに、緑色だけが輝いて見えて。
その色から、彼が本当に喜んでいるのが見て取れる。
「いい、夜ね・・・」
「瘴気も一段と濃い」
「そうみたいだね」
鬱葱と茂る草木に覆われて、若葉と土が香る。
噎せ返るような、静寂。
「貴様にも感じるか?」
「まぁ、何となく」
魔人が身じろいで、耳元に生暖かい息がかかった。
思わずビクリと肩が震える。
「夜はもともと瘴気が濃いが、こういう夜は特別だ」
楽しくて堪らないといった声。
そんなに嬉しいんだ、と漠然と思った瞬間、
「ヤコ」
「・・・・何よ」
耳元に直接注ぎ込まれる低音。
仰げば妖しげな緑の光に捕らえられる。
「まだ時間はある」
「だから?」
「余興でもするか」
「な、」
何をする気だと言いかけた口が塞がれる。
「・・・・・・・」
まさか、コイツ。
考えるより先に、
ねっとりと
この夜を髣髴とさせるかのごとく
舌が絡む。
「・・・・・っふ」
じっくりと口内を舐られて、体感温度が2度ほど上がる。
抵抗しようと両腕を掴むけど、なす術もないまま。
「・・・・んぅっ・・・んんんっ」
くぐもった自分の声が闇に溶ける。
顔を動かそうにも、しっかりと顎を押さえつけられて。
味わえと言わんばかりに、差し込まれる舌に息がつまる。
少し冷たかったそれは、どんどん生温くなり、やがて脳内を熱くしていくものになる。
この、
ドS変態魔人がっ
「っはっ・・・・・はっ・・・・・」
やっと解放されて荒く息をつけば、また耳元で囁かれる。
「謎が逃げると困る。声は出すな」
冗談じゃない。
だったら、
「こんなことしなきゃいいじゃんかっ」
思わず声を荒げたら、立てた中指を唇に押し付けられた。
まるで小さな子供にシィーっと嗜めるように。
「・・・・・・・ネウロ」
「貴様も退屈していたのだろう?」
「・・・して、ないよ」
答えはなく、首筋に落とされる唇。
呆れ半分、諦め半分でため息をつく。
抵抗して余計酷い目にあったことは数知れず。
何をしたって結果は変わらないという思いととともに
それ以上に、ご機嫌なこの男に毒気が抜かれたというのが正しい。
少し離れれば冷たさを取り戻すその唇が、首をゆっくりと辿る。
ぞくぞくと背筋に伝わる刺激。
その両腕の服をぎゅっと掴む。
くすくすと笑い声。
力を抜けば、ゆっくり地面に倒される。
また、制服汚れちゃうよ。
そう思うのも束の間。
ちろちろと鎖骨の辺りを舐められて、息を止める。
近くなる土の香。
服越しに感じる、湿気を孕んだ草土の冷たさが妙に心地よい。
汚れる事も、そんなものだと思えば案外慣れるもので。
器用にブラウスを開けていく男の手を感じながら、空を仰ぐ。
何も見えない。
一面を覆う雲が低くて、押しつぶされそうだ。
その闇ごと。
「随分と余裕だな」
いきなり声を流し込まれて、心臓が跳ねた。
覆いかぶさってくる男の体重が、妙に馴染み深くて恥ずかしくなりながら、押し返そうと手を差し込む。
その腕をとられて、掌をべろりと舐め上げられて。
またぞくぞくと首筋を何かが通り抜けた。
慣れないのか
それとも慣れた結果なのか
反応速度だけはあがっているのが自分でもわかるから。
ねっとりと口に含まれる指。
まるで水の中にいるみたいな、圧迫感。
そのぼんやりと金に輝く髪と、翡翠のような瞳だけが、この世の唯一つの光のように。
それだけを追いかけて、
「ヤコ」
近づく緑。
再度そっと押し付けられる唇。
舌を引きずり上げられて
首筋から胸元にかけて、丹念に撫でられ上げる。
内側から込み上げるのは、
この夜と同じ湿度と熱。
腕をその首に絡めて
「・・・・・っふ」
ゆっくり胸を揉みしだかれて、声が漏れる。
見えない分、感度は上がるのだろうか。
肌を這い回る指に、舌に
吐息が止まらなくなる。
「・・・・ネウ、ロ」
呼べば口付けで答えられて
苦しくて涙ぐむ。
いつもは滲む景色も
漆黒にかき消されて
男の吐息と
感触と
自分の熱と
纏わり付く闇の重さで
息が上がる
「・・・ウロっ・・・!」
胸の頂を軽く噛まれて、少し高い声があがれば、すぐさま大きな手の平が口に覆いかぶさってきた。
「声を出すなと言った筈だが」
冷静なままの声。
悔しくなって、思わず口を開けて噛み付けば
一瞬の間。
続く→