コイゴコロ
―茶乃様より相互記念―
「ネウロってさ、魔界でか・・・っ」
顔をトマトのように真っ赤にして、ヤコは言いづらそうに我輩から少し視線を外した。
こくり、と喉が上下する。
「彼女とか、居たの?」
「何を言うかと思えば・・」
思わず苦笑すれば、ヤコは間の抜けた笑みで「気になって」と言った。
「我輩達魔人に、お前たちの言う 恋愛 の概念はない。セックスもたんなる生殖活動でしかない。」
「はぁ」
「何だその間の抜けた返事は。我輩がせっかく答えてやったのに」
「だって・・。じゃあ、ネウロは人を好きになったことないの?」
何故、貴様はそんな悲しそうな顔をする?
「弱点を自ら作ることなどありえない。だから人間は愚かだというのだ。」
人を好きになることなど。己よりも大事な物ができることなどありえない。
微塵の揺れもなく答える我輩に、ヤコは何も言わず俯いた。
仕事もそこそこに事務所から飛び出していったヤコを窓から目で追って、ネウロは小さくため息をつく。
「どう思う、茜。ヤコのあの態度・・・非常に不愉快なのだが」
『ヤコちゃんもお年頃だし、色々あるんじゃないですか?』
茜はみつあみの髪をゆらしながらフォローするが、逆に魔人は興味深めに茜を振り向いた。
「ほう。色々、とは?」
『えっと・・やっぱり彼氏とか、友達とか。付き合いも大切じゃないですか』
ますます必死にフォローするが、それがさらに事を悪いほうへと導いている事に茜はまだ気づいていない。
「カレシ・・トモダチ」
言葉を反復し、ネウロは唇の端を吊り上げて笑う。
最高に機嫌が悪い時の顔だ。
「くだらない。やはりゾウリムシはゾウリムシか」
(ご・・ごめんなさい。ヤコちゃん)
頑張ったんだけど、と茜はみつあみの髪を弱々しく垂れた。
行き先も言わず事務所を出たネウロは、きっとヤコの所に行くのだろう。
茜はヤコの幸運を願い、茜は合掌(?)した。
―近い。
触れ合うような二人の距離に、目を瞑った。
何故、そんな風に楽しげに笑う?
我輩は奴隷であるヤコが誰と付き合おうが、何をしてようが関係のないはずだ。もちろん我輩の食事に支障をきたす様なら問題はあるが・・。
それでもこんな風に嫌な気分になるのは可笑しい。
ヤコ。我輩はどうかしている。心臓が千切れそうに痛いのだ。
「ネウロ!!ネウロ、腕が痛い」
「ならば離してやる」
「おわ・・」
無機質な。感情のこもらない声と共にフェンスもないビルの屋上に放り投げられ、ヤコは冷たいアスファルトに転がった。
腕にはくっきりと掴まれた跡が赤く残る。
ヤコは座りなおしながらも、赤くなった腕をさすりネウロを睨んだ。
「何のつもり?」
ネウロが現れたのは笹塚と分かれたすぐ後。まるで笹塚がいなくなった時を見計らったようにネウロは現れて、ヤコの腕を掴むと浚うように此処まで来た。
「・・・なんで何も言わないの」
蜂蜜色の眸がしっかりとこちらも見据える。
そのことにネウロはふと、表情を和らげた。
「楽しい」も「悲しい」も「怒り」さえもこのガラス玉のような瞳は映し出す。
「先生は笹塚警部が好きなんですね。あんなに楽しそうに笑う先生、僕は見たことありません」
「え?」
助手の顔でニコリと微笑むと、ヤコは眉を寄せて首を傾げる。
「何言ってんの?ネウロの前でも笑ってるじゃん」
「怯えた顔が多い」
「そりゃあね」
事あるごとに謂れのない暴力を受けてればそうゆう反応にもなる、とヤコは小声でブツブツと続けた。
「ネウロ、危ないよ」
ビルの淵に立つネウロの手を、ヤコの手が引く。
温かな体温に、ネウロは可笑しそうに笑った。
「落ちたぐらいじゃ死なないのは分かっているだろう?」
「分かってるよ・・でも」
ヤコはそれでも手を離さずに、言うのを迷うかのように視線を泳がせた。
「何だ」
「・・・うん」
はにかんだように笑って、ヤコはネウロを見上げる。
「死なないの分かってても、ネウロが傷つくのは嫌だし。・・ネウロが人を好きになるなんてありえないのは分かってても、やっぱり私は好きだよ」
「―好き?」
眩暈がした。
好きだとか嫌いだとか、そんな感情は一番くだらないものだと思っていたのに。
それなのに、何故こんなにも心臓が痛い?
「ね、ネウロ?何。どうしたのっ」
浚うように抱きすくめられて、ヤコは蛸よりも赤く染まった。
「我輩は寒いのだ。こうゆう時、奴隷は暖めるのが仕事だろう」
「はぁ?」
「ヤコよ。貴様のせいだぞ。我輩はひとつ弱点ができてしまった」
自覚してしまった自分の感情に、魔人は柔らかに苦笑した。
茶乃様、素敵なお話をありがとうございます!
戻るか?