嘘吐き、素の顔

 それは、有機合成の実験の時だった。
「えと……ライスくん……それ、どう見てもニトロベンゼンじゃない…よね?」
 ニトロベンゼンとは通常、淡黄色の油状液体である。しかし、留学生デイビッド・ライスの持つフラスコの中には、僅かに黄を帯びた結晶が入っていた。
「すいまセーン…ボク、ウソついてまーした……」
「な、何!?」
 ライスはニヤリと、それを指摘した桂木弥子へ不敵な笑顔を向けた。

「この合成の出発物質……ベンゼンではなくトルエンを使ってマース……」

 この実験は、ベンゼンを出発物質として、硫酸と硝酸の混酸によるニトロ化……ニトロベンゼンを合成するというモノ。しかし、出発物質をトルエンにしてニトロ化すると、それはニトロトルエンになる。
「そうデス……このまま反応を続けていけば、トリニトロトルエンもできてしまいマース……」
「ちょ……実験監督のせんせ……」
 桂木弥子が振り返ると、そこには実験器具をおもちゃにして一人遊びをしている望月がいた。

「丸投げ――っ!?」

 トリニトロトルエンとは、通称TNTとして知られる、爆発性火薬である。とにかくそんなモノを作らせるわけにはいかない。桂木弥子はライスに近づき、実験を停止させようとした。
 その時――。

バシャッ

 ライスは桂木弥子に向かって、計量したまま使われなかったベンゼンを浴びせようとした。そしてそれは、すんでの所で脳噛ネウロによって阻止された。脳噛ネウロが身を挺して桂木弥子を庇ったのだ。
「脳噛くん!!」
「ふぅ……」
 叫ぶ桂木弥子に、脳噛ネウロは溜め息一つ。静かにライスに歩み寄っていく。
「ライスくん……」
「なっ、何やってマスか!? ベンゼンを被ったキミなんて、ボクのこのバーナーに近づけもしないハズ……」
 ライスの忠告も意に介さず、彼はライスの頭を掴んでボソリと呟いた。

「僕の先生になんてことを……次はないぞ、ライス」

 それは、脳噛ネウロが桂木弥子以外に初めて見せた“素”の顔。その一瞬で脳噛ネウロの迫力に気圧され、畏れを植え付けられたライスは、その後学校に来ることはなかった――。

++ fin ++




戻るか?