フィアンセになりたい

 事務所のソファに、機嫌の悪い男が一人。言うまでもないが、彼の名前は吾代忍。この探偵事務所の非常勤雑用である。
「では行ってくる。留守は任せたぞ」
「おみやげ買ってくるね、吾代さん」
 何故不機嫌かって、それはここの主と助手が旅行(出張だと言っていたが、彼は旅行だと決めてかかっている)に行くため、事務所の留守番を強制されたからである。
 そして二人は何処へ出張かというと……浦安である。この時点で出張でないことがバレバレであるが、もちろん吾代に逆らう権利など与えられるはずもなかった。


「うーん、やっぱいくら時期はずれだっていっても、混んでるねー」
「ふむ……この人間の量……一つくらい『謎』が発生しても良さそうだがな」
「多分、一番の『謎』はあのネズミ達の中身だよ……」
 日本で最も有名なテーマパーク(ドイツ村ではない)には確かに『謎』が多そうだ。就職試験が二千人規模だというから、中の人は相当な人物なのだろう。

「よし、まずは大きな稲妻の山だな」
「え、ビッグサンダーマウもがっ……ふぁいふぁい、ふぁんへもありまふぇん!(はいはい、なんでもありません!)」
「解れば良い」

「次は空間の山だ。そしてその次はブチ撒け山だ」
「絶叫系好き……? それとも、メインを先に食べるって感じ?」

 なんだかんだでいろいろはしゃぐ二人。ジェットコースターは、拷問とはまた違ったスリルがあり、弥子も爽快な気分になってきたようだ。

「あはっ、楽しいね!」
「しかし、アトラクションに乗るたびに一時間以上待たされるのは不愉快だな」
「そーゆーところなんだって。仕方ないよ」
「しかし、もう日が暮れてきたぞ」
 そうなのだ。このテーマパークは、三つ四つアトラクションに入っただけで、かなりの時間を消費する。一日で全てを回るのは到底不可能なのだ。
「全く、人間共は上手い商売を考えるものだな」
「そうだね……」
 そんなことを言いながらも、併設しているホテルに向かう。前々から予約を入れてあって、三日間遊ぶ予定。もはや出張などとは言う気もない。


「わーっ、ネズミ模様だ! さすが……」
 ホテル内部には、至る所にあのネズミを模したシンボルマークが入っている。それはもう、ウザいくらいに。
「カピバラ模様じゃなくて良かったね」
「…………」
「痛い痛い痛いっっ!」
 何処までも墓穴を掘る少女に、いつものお仕置きをする魔人。何処にいても変わらない二人。きっと、それはいつまでも。

「ふーっ、サッパリした。ネウロもシャワー浴びちゃえば?」
 夕食を済ませて部屋の中、タオルを体に巻いた弥子が、シャワールームから帰ってきた。
「…………」
「……? どしたの、ネウロ?」
 ネウロはその姿に一瞬固まったが、すぐに笑顔になって。
「先生、今日は一段と大胆ですね。そんなに待ちきれませんか?」
「へ?」
 弥子の腕を掴んで引き寄せ、ベッドに押し倒す。
「ちょ……ネウロ……つ、疲れてない?」
 予想していた展開ではあるが、いささか性急なネウロにちょっと戸惑う弥子。
「何を言う。こちらが本当の目的であろう? ハネムーン気分で行きたいと言ったのは貴様だぞ」
「そ、そうだけど……」

「やはり、ハネムーンと言えばハネムーンベイビーか?」

 不敵な笑みを浮かべて、弥子の唇を塞ぐ。それは、いつもより優しくて、いつもより蕩けるような、心のこもったキス。

続く→



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