いつものように、学校が終わってダッシュで事務所に向かう弥子。息を切らせて事務所の扉を開いてみれば、真正面のトロイにネウロの姿はなくて。
「あ、あれ? 急いだのに……」
きょろきょろと周りを見渡す。床には色とりどりの羽が落ちていて、ソファには……本来の姿に戻ったネウロがいた。
「ぶっ! 何戻っちゃってんの!」
慌てて扉の鍵を閉める。そして、そっと近づいてみると、寝息が聞こえた。
「寝てるんだ……また、魔力を使いすぎたのかな……」
ソファの前にしゃがみ込んで、その鳥のような顔を触ってみる。
硬質で、すべすべとした感触。ちょうど、鳥のくちばしのような感じ。今は中途半端にくちばしが開いていて、よだれが垂れている。
今は閉じられている目。この目の輝きは人間に擬態しているときも変わらない。全てを見透かす、硫酸ニッケルの緑。学校で結晶を作ったとき、真っ先にネウロの眸を思いだした。毒があるのもなんかネウロっぽい、と弥子は胸中で笑った。
ごつごつとした角は山羊の悪魔みたいだ、と思う。この角がネウロの頭部を護っていると思うと頼もしい。
何を思ったのか、弥子はだらしなく開かれているくちばしに軽くキスをした。すると、ネウロは軽く身じろぎをして、だるそうに体を起こした。
「あ……起こしちゃった。ごめん」
「貴様いったい何を……」
悪態を吐こうとして、ふと自分が本来の姿に戻ってることに気づき、言葉を失った。そうしてもう一度、弥子のことを考えた。
弥子が口づけたのは人間の唇にではない、魔物のくちばし。にもかかわらず、彼女は自分に寄り添っている。
「この姿が……恐ろしくはないのか?」
「へ? 怖くないよ、ネウロだもん」
あっけらかんと答える弥子。頭の中では、むしろ可愛いかも、と思っているが口には出さない。
そんな弥子の唇に、そっと手を伸ばす。いや、今は翼か。優しく、弥子の唇を羽が掠める。
「血が出ているな……全く、馬鹿なことを」
ネウロは人間の姿になり、弥子を抱きしめた。そして、弥子の唇をひと舐めし、優しく口づけた。
体を離すと、弥子の唇の傷は跡形もなく消えていた。
「ねえ、ネウロ。またホントの姿になってよ」
「何を……」
「なって」
弥子のおねだりに負けて、ネウロはまた魔物の姿になった。そのネウロに、弥子は抱きついた。
「ネウロが全然人間っぽくなくっても、好きだなぁ、って思うの」
えへへ、と照れ笑いをして、ネウロの胸に顔を埋める。その胸に、暖かいものが満たされていく。
「貴様は最高のミジンコだな」
ふっと笑って、翼で弥子を包み抱く。魔物の表情は読めないが、きっと嬉しくてしょうがない、といった顔をしているのだろう。
++ fin ++