空は暗く、無数の雷が落ちる。風は生温く、腐った血と肉が混ざったような、夏に放置してしまった生ゴミのような臭いがする。
「うっ……」
「どうしました、カツラギヤコ。ここで諦めますか?」
「い、やだっ……絶対…諦め、ない……」
ここは、魔界。この今にも倒れてしまいそうな重圧が瘴気というものだろうか。ただ立っているのでさえ、キツイ。腐臭に吐き気を催すが、何度吐いても楽にはならない。
何故私が魔界にいるのか。それは数時間前に遡る。
いつものように、放課後ダッシュで事務所の扉を開けたら、いつもふんぞり返っているはずのネウロの姿が見えなかった。代わりにいたのは、今隣にいて案内をしてくれている女の人。この人も魔人だという。
「“脳噛”ネウロ様には婚約者がいらっしゃいます」
唐突に告げられた。ネウロには、魔界に、魔人の婚約者がいる。ネウロは変種であるが、大変優秀なその能力を買われていた。その子種を欲しがる者が多数いるとか。
地上に来たことに目をつぶっていたのは、瘴気の薄い地上などすぐに飽きるだろうと皆が思っていたから。
だけど、ネウロは思ったより地上を気に入った。しかも、私という、人間なんぞにうつつを抜かして。
それは魔界の危機だという。だから、無理矢理連れて帰った。そう説明された。説明役を置いていったのはせめてもの良心だろうか。
「黙っておとなしく、引き下がるようなら、最初からネウロは私なんか見ない」
「…………」
「ぅくっ……さ、先を……急いで…くだ、さい……」
思わず反論して、思い切り息を吸ってしまった。喉が、焼ける。肺を刺すような痛みが駆け抜ける。でも、倒れている場合じゃない。一刻も早く、ネウロに逢いたい。逢って、取り戻したい。
「あと……そうですね、地上の単位なら5km程でしょうか。この道なりにずっと歩いていけば、ネウロ様のいらっしゃる城へ着けるでしょう」
「解り…ました……」
歩く。ただひたすらに歩く。一歩ごとに体が瘴気に冒されるような感覚がする。生きて地上に帰れる気がしない。
「何がそこまで貴女を動かすのですか? 所詮、ネウロ様とは次元が違うのですよ」
「そんな、こと……解ってます……」
言われなくても痛感している。私は人間、ネウロは魔人。だけど。
「ただ……ネウロが好き……それだけ…です」
私にはそれしかない。生きて地上へ帰れても、ネウロがいないんじゃ意味がない。それなら、魔界で果てる方が……ネウロの生まれたここで死ぬ方が……。
違う。そうじゃない。そんなこと考えない。生きてネウロに逢う。それだけを考えて。
ネウロに逢いたい。
私の脳髄を支配するのはネウロのことだけ。
大好きだよ、ネウロ。
「ヤコ!!」
あれ、ネウロの声?
目の前に、正体を現した魔人。
ああ、ネウロだ。
続く→