その術を僕は知らない

「!!!」
 きっとその場にいる全員が驚いて凍りついたと思う。依頼主の娘――お嬢様が、ネウロのスカーフを引っ張って、強引にネウロにキスしたのだ。ネウロは、やろうと思えば避けられたはずだ。それをしないのは、まだ謎を喰う前であり、「しがない助手」とやらを演じて、このお嬢様の機嫌も伺わなければいけないからだ。
「……お嬢様。いけませんよ。こんな一介の助手である僕などに」
「あら、それなら私がもっと良い地位につかせてあげるわ」
「いえいえ、それには及びませ……」
 ネウロが言い切らないうちに、お嬢様はがばっと抱きついた。
「今夜は私の部屋にいらっしゃって? そうしないと、手がかりを話してあげられないわ」
 そんなことを言われたなら、おとなしくするしかない。謎を喰うまでの我慢だ。ネウロはあくまで助手モードでにっこり笑った。
「…………」
 面白くないのは弥子である。表向きは単なる「探偵と助手」だから、下手に口出しできないのは承知している。
「じゃあ、ネウロ。しっかり事情を聞いてきてね。笹塚さん、そういう訳で……」
 思い切り笑顔で言って、笹塚刑事に近寄った。自分だけが苛ついているのが悔しくて。少しはネウロも焦ればいいんだ、なんて軽い気持ちで。もっとも、そんな感情が魔人にあるか解らなかったが。
「……解りました、先生」
 助手の笑顔を崩さず、お嬢様の元へ行くネウロ。その表情からは心情が全く読みとれない。

 そしてその夜、早速後悔している弥子がいた。ネウロの食事の邪魔はしたくない。だけど、どうしてすごすごと帰ってきてしまったのか。せめて現場に居続ければ良かった。笹塚刑事のところへ行ったがために、彼に促されて一度家に帰ることになったのだ。お嬢様が振り返って僅かに笑んだ、あの顔が忘れられない。あの、勝ち誇ったような顔が。

 同じ頃、全く同じ事を思い描いている魔人がいた。弥子を連れ去った笹塚刑事は、ネウロに向かって、その無表情を一瞬だけ崩したのだ。そして、弥子の肩を抱いて屋敷を出た。ネウロが食欲を上回りそうな感情を持った瞬間であった。

 翌日、ネウロは無事に謎を喰うことができた。……が、しかし、二人はお互い意地を張ったままであった。意地を張り続けた結果、どうにも切り出すタイミングを逃してしまっていた。
「良かったね。謎も食べられて、可愛〜いお嬢様に迫られて。夜もさぞかしくっつかれたんでしょ」
「……そうですね。あの方は先生と違って欲望に忠実でしたから」
 にっこりと助手モードで受け応えるネウロ。そんな風にされたら、ますます弥子は意地を張るしかない。
「…っ……そんなに良かったなら、まだお嬢様のところにいればっ」
「……先生?」
「先に事務所帰ってるからっ」
 そう言って、弥子は出ていってしまった。垣間見た弥子の顔は、今にも泣きそうだった。ネウロは少し悪ノリしすぎたか、と胸中で呟いた。

続く→



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