手【ほんもの】

 ネウロがシックスを追ったきり、未だに戻ってこない。あれからあんなテロ行為を見ることはなくなったから、多分ネウロはシックスに勝ったのだろう。

 あれだけの傷を負わされながらも、Xは何とか生きて、今は事務所で一緒にいる。

「……ネウロ、死んじゃったのかな?」

 事務所にからかうような声が響く。私はどう切り返したらいいのか解らず、無言のまま。目を伏せると、Xがなんとなくバツが悪そうにしょんぼりした。

「ネウロを殺さなくても、俺の正体(なかみ)はこれだと解ったんだ。もう、ネウロが死ぬ理由なんて一つもないんだ」
「うん……」
「だから、生きてるって……思おうよ」
「うん……」

 Xが一所懸命慰めてくれる。膝を抱えて俯いて、その優しさから涙を隠そうとしたけど、隠せるわけなかった。

 しばらく、その姿勢で固まっていた。Xが時々事務所をうろうろしているらしいことだけ、感じていた。

 そして不意にガチャリ、と突然扉が開く音がした。お客さんにすごく失礼だけど、顔を伏せたままで。
「――すいません、今依頼は……」

「相変わらず貧相な格好だな、ヤコ」

「!! ネウロっ…!?」
 ばっと顔を上げると、目の前に青いスーツの見慣れた姿。
「どうした? 死んだと思ったか?」
 黒い革手袋で私の頭をがしっと掴む、その人は、でも。

「……ありがと、X」

 ネウロに完璧に変身したはずのその手は、頭を掴むその感触は、本物と寸分違わないはずなのに……違う。

「……やっぱ、あんたはごまかせないか」
「ごめん……」
 それで騙されていれば、ごまかされていられれば、楽だったかも知れない。私、何で見抜いちゃうの。
 また、抱えた膝に顔を押しつけた。泣いたってどうにもならない。目を閉じて現実を遮断したってどうしようもない。そんなの、解ってる。

「相変わらず貧相だな」

 頭を掴む、革手袋の感触。二度目のその手は。

「ネ…ウロ…!!」

 本物の、ネウロ。さっきも見た、だけど、それでも焦がれてた、青いスーツ姿。
 堪らず抱きついて、涙で汚れた顔を押しつける。
「何だそのみっともない顔は。主人の帰りを笑顔で迎えられんのか、ウジ虫」
 変わらない、その声と言葉。それからはとても想像できない、優しく抱き返す腕。
「ネウ……よかっ……」
 上手く言葉が出てこない。ネウロは腕に力を込めて、ぎゅっと強く抱きしめて。
「ずっと我が輩の傍にいたいのだろう?」
「うん」

「貴様の願いを叶えるのも、主人である我が輩の務めだからな」

 近くでXがやれやれって歓迎の溜め息をついたのが、何となく感じられた。

 そうして、私達は見つめ合って、深く力強いキスを。

++ fin ++




戻るか?