――手駒が盤上から降り、そして二度と戻ってこない喪失感。
「これが…死か」
笹塚の葬儀に集まった人間は少なくない。チームを組んでいた者達・上司・同僚・部下……そして、ヤコ。その誰もが悲しみを隠すことなく、静かに式を進行させていく。
血色の良くない写真を白い花で飾るなど、自分たちで悲壮感を大きくしているだけではないか。
などと皮肉を考えてもみたが、どういうわけか我が輩の顔は冷笑を浮かべようとしない。それどころか、我が輩も感じているのだ、人間の持つ感情――喪失感を。
たかが人間、たかが手駒。たったそれだけの人間に、こうも感情を揺さぶられるものなのか。……ああ、そういえば奴は、地上に来て間もない頃から見知っていた人間の一人だったな。
どうやら我が輩は、自分で思うよりずいぶんと奴を信用していたようだ。その信用の度合いが、恐らくこの喪失感と関係しているのだろう。
復讐を実行する意志がある、というのは解っていた。だが、そこに潜む感情を読みとることができなかった。当然だ、ヤコにさえ悟らせなかった程、奥深くに隠していたのだから。
そのヤコは、かつての父の死の時と違い、涙を流していなかった。ただ呆然として、周りの声を聞き流していた。その眸の輝きを曇らせて……。
泣いてしまうのと、呆けてしまうのと、どちらがより悲しいかなど解らない。それをどう宥めればいいのかなど、たった今初めてこの感情を抱いた我が輩に知る術などなくて。
ただ、あの濁った眸を、何故だか直視したくなかった。
新しい血族は、「シックス」は、これからも躊躇なく人間を殺していくだろう。今回のように、その対象が知人になるという可能性は、決して低いとは言えない。そのたびに、ヤコの眸は色を失うのか。いや、それどころか、ヤコ自身がその対象になる可能性も――。
「――――っ!!」
ゾクリ、と冷たいものが背筋を駆け上った。この上なく不快で、怖れ・不安・怯え・悲しみ――あらゆる負の感情が入り交じっている、絶対零度の何かが。そして直後に膨れあがる、どす黒い欲望……。
その瞬間、急に視界が開けたように、「解」が脳裏に浮かんだ。恐らく、このブラックホールのような欲望こそが、笹塚が隠し持っていたものなのだろう。
それは……復讐の決意。
そこから先の人生を自ら棒に振り、自分を慕う者全てを切り離し、100%自己満足だけの行動だと理解して、それでもなお実行する覚悟。
笹塚ほどの者がその覚悟を以てしても、完遂することが叶わなかった相手……それが、「新しい血族」というもの。
我が輩は常に学習している。学習せねばならない。笹塚と同じ轍を踏まぬために。
そうして、浸食されている脳髄の奥深くを再認識し、改めて強く思う。
ヤコだけは絶対に失うわけにはいかない、と。
++ fin ++