黙【いえない】

 ネウロは、持ち前のドSを振りかざし、いとも簡単にジェニュインを調教した。組織を相手に戦う時、重要なポジションの人をこちらに引き入れるのは、とても有効な手段だ。こちら側に服従させたなら、苦もなく情報を引き出し放題。

 ……解っている。ジェニュインはシックスを倒すための駒。人間だろうと、「新しい血族」であろうと、ネウロにとって有益な手駒なら、それを最大限に使う。
 解ってるよ。そのくらい理解してるよ。そのためにも、私は平気って顔して、ネウロに、優しくしろと言ったし(虐げられて喜んでるけど)。そんな心配もドン引きするくらい、ピタリと噛み合ってるから、心配ない、だろう、……けど。

 やっぱり、イヤだ。ネウロの隣が、私以外の女だなんて。やめてよ。抱きついたりしないで。やめて。それを満足そうな目で見ないで。胸を強調して傅(かしず)かないで。嬉しそうに罵らないで。やめて。やめて。やめ……。

「……っ」

 苦しい。ジェニュインと比べるまでもない私の小さな胸が、ギリギリと締め付けられる。
 私は二人に気づかれないように、さりげなく女子トイレの個室に入った。これ以上、あの光景を見てるなんてできなかった。

 鍵をかけて壁にもたれると、限界まで無理をさせていた涙腺がついに決壊した。口に手を当てて、声を押し殺して泣く。本当は泣き喚きたい。スカーフを掴み挙げて睨みたい。思い切り文句を言いたい。ジェニュインを可愛がらないでって、傍に置かないでって、叫びたい。

 ……できない。言えないよ、そんなこと。他の人たちに苦戦させられながら、ようやく手に入れた、強力な手駒。手放すわけないし、手放しちゃいけない。それがシックスの心を少しでも折る可能性があるなら、なおさら。

 苦しい。苦しいよ、ネウロ……。どうしようもない嫉妬に、絞め殺されそうだよ。
 口を塞いでいない方の手で、胸を押さえる。上手く息ができない。足が震える。壁を伝って、体が落ちる。もう立っていられない。ぺたりと床に座り込んでしまった。

「…………ぁ」

 座って初めて気が付いた。魔界虫が、いる。最近サボりがちだったのに……。よりによって今、真剣に私を映している。

「だめ……みな、いで……」

 魔界虫の視線を手のひらで遮ろうとした。か細い声が震えている。声を出したら、余計に涙が溢れて。手も震えてしまって、当然魔界虫は捕まらない。

 ダメだよ、ネウロに知らせちゃ。役に立たない手駒が、せめて邪魔しないようにってがんばってるんだから。

 ――ヤコ。

 私を呼ぶ、ネウロの優しい声。幻聴が聞こえた。あはは、すごいね人間って。望んでいるモノを幻として提供してくれるなんて。

 足を抱えて俯く。ぎゅっと身を固くして、うずくまる。魔界虫を捕まえられないから、せめて、涙と嫉妬で醜く歪んだ顔を見せないように。

++ fin ++




戻るか?