泊【おとまり】

 Xとの延長戦がどうなったのか、私は柄にもなくネウロの心配なんかしていた。だけど、本人はけろっとして戻ってきた。心の底からの安堵、それから、これからも隣にいられる嬉しさ。なんてのに浸っていたら、突然手だけが降ってきた。手首でバッサリ切断された、ネウロの手。
「つかれたので我が輩は寝るぞ。ヤコ、つないでおけ。朝起きて少しでもズレていたら……、貴様の首を切って同じ幅だけズラしてやる」
 いつもの傍若無人っぷりを発揮して、目の前の魔人は眠ってしまった。つないでおけって……。私は恐る恐るネウロの右腕を取り、降ってきた手を、手首のところに合わせた。
「え……これ……、地味に一晩はつらくない?」
 呟いてみるも、文句を言いたい相手は眠りの中。……ん? 一晩?

 ……………………ちょっと、アレ、もしかして私、無断外泊?

 これは……どうすればいいんだろう……。顔が赤くなったのか青くなったのか、自分でも解らない。
 お母さんは……確か出張だっけ。美和子さんはどうだっけな……。学校はこのまま行けばいいし(私服の学校じゃなくて良かった……)。明日の授業はきっと爆睡だなぁ。
 それから……人間じゃないとは言え、仮にも男と二人で一晩……。いやでも、別にネウロと同じ部屋で外泊なんて、この間の温泉旅行でもあったんだし、大して意識するほどじゃない……よね。うん、そうだよ。いや、ここで全く意識しないってのもどうだろう。てゆーか、さっきから動悸が激しいんですけど。
 あらためて合わせているネウロの手を見やる。意外にも、そこから体温が感じられた。ああ、生きてるんだ……。私より若干低め、かな。そういえば、唇も若干ひんやりとしてた――なんて思っちゃったから、この間の夜が鮮明に頭に再現されてしまった。意識しまくりじゃん、私。
 ネウロから楡の葉のプレゼントをもらった日。抱きしめられて……キス……しちゃったんだよね……。あ、私ファーストキスじゃん!!
 一気に顔が赤くなるのを感じた。ついついいろいろ思い出してしまう。

 それは触れるだけの優しいキスだった。多分、あれは、上手いキスというものなのだろう。いや、初めてだから解らないけどさ。なんとなく。ネウロは……キスの意味、解ってるのかな……。知識としては知ってるんだろうけど。感情で、さ……解ってないんだろうなぁ……。ちょっと凹む。
 それってさ、私の気持ちはバレバレで、だけどネウロは……。あ、ヤバイ。目に涙が溜まってきた。いけない。今泣いても、両手はふさがってるんだから。
 だけど、堪えきれずに。

 翌朝。ぼーっとぐるぐる考え事してたらもう明るくなっちゃった。
「ん……」
 目の前の体が起きあがろうとしているのを見て、はっと我に返った。
「ネウロ……おはよう」
 スッと右腕が私から離れた。ネウロは指を動かしたり、手首を回してみたり、動作確認をしている様子。
「……ちっ」
「なんで舌打ち?」
「貴様の首がズラせないではないか」
 ……言うと思った。小さく溜め息を吐いてネウロを見れば、何だか不思議そうな顔をしていた。
「どうしたの?」
 私の問いに、ネウロは何も口には出さず、私に近づいてきた。そしてそっと、くっついたばかりの右手で私の頬を撫でた。
「泣いていたのか?」
「な、なんでもないよっ」
 しまった……。両手がふさがってたから、跡ができちゃったんだ。慌てて自分で涙の跡を拭う。悔しくて、涙の理由なんか言いたくない。
「んっ、ほら、なんでもないから」
 無理矢理笑顔を作って見せた。そしたらネウロは、いつもより優しい感じで笑った。
「そうだ、貴様は笑っているべきだ。そうやっていつも脳天気に笑っていればいいのだ」
「脳天気は余計!」
 ネウロの表情は、人間で言うなら安堵、だと思う。右手がくっついたこと? それとも私が泣きやんだから? ……まさかね。そうだと嬉しいけど。そう思っちゃおうかな、うん。

++ fin ++




戻るか?