贈【プレゼント】

 弥子の頭に、魔界電池によってネウロの魔力を受けたあかねが美しい髪を与えた。これで、二人(一人と髪の毛?)は「噛み切り美容師」の捜査に出られる。
「我が輩は実に優しい主人だな。奴隷のためにここまで手を尽くし…プレゼントまで用意するのだ」
 そう言って魔人ネウロは椅子に深く腰掛けた。
「……私にはプレゼントなんてくれた事ないくせに……」
 思わず呟いてしまう弥子。この距離ならネウロには聞こえない……はずである。
「? 何か言ったか」
「何もー!?」
 少しの憤りを感じながらも、弥子は事務所の扉を勢いよく閉めて出ていった。
 確かに、弥子にしてみたら腑に落ちないのだろう。出逢ったときから奴隷人形として扱われ、本人の意思と無関係に連れ回されてきた。一方あかねと言えば、秘書として雇われ、週五回のトリートメント(もちろん弥子がやる)という報酬まで受けている。そこへきて、このプレゼントだ。弥子は、ネウロの中にある(はずの)自分の存在価値の小ささに少なからずショックを受けていた。
「……ん? 何凹んでるの、私! べ、別にアイツの中で私がどうだろうと関係ないじゃん!!」
 一人問答をする弥子。そこに隠しきれない哀しみがあることを、あかねは何となく悟っていた。

「貴様の日付はいつになったら変わるのだ?」
 結局、ネウロの助けになるどころか足を引っ張ってしまった。とぼとぼと一人帰る夜の道。
「こんなんじゃ、プレゼントもらうどころじゃないよね……」
 弥子は携帯ストラップになって眠っているあかねに、いや、誰にでもなく呟いた。その目からは大粒の涙。ぽたぽたと携帯に落ちる。
 あかねの特別扱いが羨ましかった。あかねと比べることで、自分は特別ではないのだと、所詮は奴隷なのだと思い知らされてきた。
「何、この涙……止まらな……」
 どうして涙が出るのか。どうしてこんなにも胸が痛むのか。そんなこと、弥子自身が一番解っている。
「……ねうろのばか……」
 その夜、枕を涙で濡らし続けた。翌日、刑務所の中にいるアヤと話をして、少しだけ気が晴れた。そのまま、次の事件をこなすうち、わだかまりは心の奥へと隠されていった。

 そして、しばらく時が過ぎたある日。
「ヤコ、我が輩からのプレゼントだ」
「えっ?」
 ネウロが弥子に渡したのは、三枚の葉が付いた小枝。楡の木の枝である。
「何……?」
「貴様の誕生花という奴なのだろう? 三枚だけだ。有効に使え」
 それだけ言うと、ネウロは視線をパソコンへと戻した。誕生花――楡の葉を渡されて、弥子は思い当たることがあり、頬を紅く染めた。
「いいの……? 私、これ使って……」
 自分の誕生花くらいは知っていた。その花言葉も、それを渡す意味も。
「我が輩は馬鹿ではないぞ」
 いつかの呟きを、しっかり聞いていたらしい。そんなことはとうに忘れていた弥子。その言葉を皮肉と捉えなかった。
「えへへ……なんか、三枚のお札みたいだね」
「ほう、襲って欲しいのか」
「ちょ……いやいやいや。……まあ、いいや。じゃあ、早速」
 弥子はネウロに葉を一枚渡した。
「じゃあ、帰るね」
 そして、上機嫌で事務所を出ていった。そんな弥子を見て、この上なく優しい笑顔を晒してしまったのに、唯一気づいたあかねが嬉しそうにおさげを振った。

 その夜も更けてきた頃。
「本当に……来てくれた」
「貴様が欲しがっていたプレゼントとやらは気に入ったようだな」
 窓から弥子の部屋に侵入したネウロはニヤリと笑った。弥子は嬉しさのあまり抱きつこう……として止まった。まだ恥じらうお年頃。しかし、そんなことは気にせず、ネウロは弥子を抱きしめた。
「ネウロ……」
 弥子はネウロの背中に手を回し、少しだけ力を込めた。欲しかったプレゼント。何よりも、と欲したもの。それが今、腕の中に。
「ありがと……」
「礼などいい。それより、これからも我が輩のために尽くせ」
 告白ともとれないこともないが、何とも乱暴な科白。それがかえってネウロらしい、と弥子は思ってクスリと笑った。
「うん……解ってる」
 弥子は満足していた。そして、その顔を見てネウロも安堵していた。

 楡の葉を相手に渡す意味――「逢いにきて」と恋人を急かすということ。

 「恋人」に――三枚使い切るまでに、素直に「逢いにきて」と言えるように――なりたい。そう考えながら、弥子はネウロの唇を受け入れる。

++ fin ++




戻るか?