乳【やま・かべ】

 女子高生探偵桂木弥子。もっか彼女の悩みは助手である魔人、ネウロに散々馬鹿にされてきたその体。ブッちゃけて言えば、胸。貧乳であるということ。
 先日、何気なくつけたテレビでちょうど「山おんな壁おんな」というドラマを見た。“山おんな”とは豊満な胸を持つ女、“壁おんな”はお世辞にも胸が大きいとは言えない女を指すらしい。彼女は紛れもない“壁おんな”であった。
「胸のところのボタンが飛ぶとかありえないし……」
 一人、テレビに呟く。
 今までは大して気にしてこなかった。むしろ、大食いなのに太らない体が少し自慢だったくらいだ。しかし……。
「やっぱ、男の人って胸大きい方がいいのかなぁ……」
 ぽつり、誰に言う出もなく零れた言葉。花も恥じらう女子高生。高名な探偵と言えど、やはり彼女は恋する乙女なのだ。

「じゃあ、先生などはいかがです? 童顔ですし、体の線も幼児と一緒ですし」
「君は初老だ」
「おッ、抑えろ、探偵!!」
 弥子が暴れそうになるのを吾代が必死に止めていた。彼女は必死で泣きたい気持ちを堪えた。初老と言われたのもあるが、それ以上に、気にしていることを気にしている男にズバリ言われてしまったことが悲しかった。
「あの変態に認められないなら、誰のために淋しい体型を維持してきたのか」
 さらに追い打ちをかけられる。自分に魅力があれば、この胸がもう少し大きければ、もっと愛されて、暴言が減るのではないか。そんな風に考えてしまう。

 事件を解決させても、心の靄はなかなかとれなかった。直接事件に関係のない悩みなのだから、当然と言えば当然だが。
「ネウロ……」
「何だ?」
 事務所のソファに座っている弥子は、トロイに向かってパソコンをいじるネウロに呼びかけた。
「あんたってさ……もしかして……ロリコ……うぐっ」
 首をきゅっと締められた。
「いや、うん、違うよ、ね」
 素直に前言撤回し、締める手が緩んだところで大きく息を吸った。弥子は、いっそネウロがロリコンだったら、などと馬鹿な考えを巡らせていた。
「ナメクジの分際で、何を無駄な考え事をしているのだ?」
 ネウロはいつの間にかソファの、弥子の隣に座っていた。そして弥子の驚きを無視し、ちゅ、と唇を重ねた。
「だって、こんな洗濯板みたいなの、イヤじゃ……んっ」
 お決まりのように、弥子の言葉を遮る唇。愛おしいものへの口づけ、それは何処までも深く甘い。熱い舌を絡ませて、彼女の体から力が抜けたところを見計らって、彼はそっと彼女の胸に手を当てた。
「ちょ…ネウロ……」
「我が輩、幼女などに興味はない。と言うより、貴様以外の女に興味はない」
 そう言いながら、首筋に舌を這わす。甘い吐息が漏れる中、手がブラウスの中に入っていく。
「ぁ……」
「それに我が輩、この感触が気に入っているのでな。むやみに体型を変えるなよ、ヤコ」
 彼は貧乳派……ではなく、ただでさえ男に無防備なのに、それ以上男を惑わす要素が増えることを危惧していた。愛故の独占欲である。
「んん……はぁ……ね、ネウロが良いなら……」
 ネウロが良いなら、弥子は彼のなすがまま。そしてそのまま熔かされていく。

 彼の誤算は一つ。彼女に好意を寄せる男はやはり、胸など気にしてはいないのだ。決して少なくないその男達の中には、貧乳派だっているかもしれない。彼の心配は、いつまでも続くのであった。

++ fin ++




戻るか?