涙【おんなのぶき】

「一人の女に固執する気持ちはわからんが、春川がそれを――」
 天井に吊られながら、ネウロのこの言葉にショックを受けた。それはきっと、私がこの魔人に、少なからず好意を持っているからだろう。それと、時々くれる甘い口づけを、私だけに向けられた気持ちだと自惚れていたから。

 そっか、ネウロは私をそんなに大事だと思ってないんだ……。

 そう思ってからここ数日、何だか集中力がない。溜め息ばかりの日々。カツカレーだって二皿しか食べられなかったし(叶絵が心配してたっけな)。事務所でもそんな調子で、でもネウロは我関せずって感じだから、余計滅入る。
『弥子ちゃん、どうしたの?』
 あかねちゃんがホワイトボードにキュキュッと書いた。ああ、あかねちゃんにまで心配かけちゃった。自己嫌悪。
「大丈夫、ちょっと思うところがあって。ホント、ちょっとだから」
 私は無理に笑って見せた。
『そう?』
「うん、心配かけてごめんね。大丈夫だから……あだだだ……な、なによっ」
 あかねちゃんとの会話にネウロが気づいたようで、いきなり頭を掴まれてぐりんとネウロの方を向かされた。
「ワラジムシの分際で何を悩んでいるのだ」
「なっ、何でもないよっ」
 どうせ言ったところで、理解してくれないんだ、このデリカシー知らずの魔人は。
「嘘を吐け。貴様の所為でここ数日、辛気くさくてかなわんのだ」
 ……なんだ、気づいてたんじゃん。じゃあもっと早く指摘しても良いのに。やっぱり、その程度なんだ。そう思ったら、泣きそう。
「何でもないってばっ。どうせ私のことなんて、そこらにいる人間とかわんないんでしょ!? 私は、ただの奴隷の一人、なんでしょ!?」
 勢いで怒鳴ったら、涙が出てきてしまった。情けない。一方通行の想い。私が勝手に、ネウロの気まぐれに振り回されてるだけ。悔しい。
「もうっ、探偵役、他の人探してよね!!」
 それだけ言って、私は事務所を飛び出した。そのまま走って、だけど家に帰る気にはなれず、近所の公園に向かった。
 淋しい女の代名詞のように、ブランコに座って泣いた。どれくらい経ったか。五分だか、一時間か……。私は泣き続けた。誰もいない公園。気兼ねすることなく泣ける。
「いつまで泣いている」
 背後から声がした。振り向かなくても解る。ネウロの声だ。
「い、いつまでだって、いいでしょ! 何こんなとこまで追いかけてくるのよ」
「探偵役にいなくなられても困るのでな。そのくらい解っているだろう」
 探偵役……それだけ……。
「だから! 他の人探してって!」
「貴様でなくては駄目だ。もはや貴様以外の探偵役など考えられん」
「な、によ……一人の女に固執しないんじゃなかったの!?」
「……そんなことを気にしていたのか」
「そんなことって……んっ」
 頬を両手で挟まれ、振り向かされて、唇が重ねられた。こんなときでも口づけは何処までも甘くて。悲しくて、腹立たしくて、いっぱいだったはずなのに、ごまかされそうになる。
 何度かの深い口づけの後、ネウロは舌で私の涙を拭った。そして、私を後ろから抱きしめた。
「確かに、HALの……春川の心情など解らん。だが我が輩は……、探偵役は、我が輩の隣にいるのは、貴様でなくては駄目なのだ」
 その言葉に、不覚にも嬉しいなんて思ってしまった。
「それ、固執って言うんじゃないの?」
「違う、こだわりだ」
 …………何、それ。目の前の、仮にも謎を喰う魔人の子供じみた屁理屈に、私は笑いを堪えられなかった。
「素直に、前言撤回って言えばいいのに」
「うるさい」
 そう言って、偏屈魔人は唇で私の口を塞いだ。何度も何度も、貪るように甘い口づけを繰り返す。唇がようやく離れて、ネウロを見れば、心なしか顔が赤いように見えた。私は、悲しかったことなど忘れてしまった。

「忘れるな、ヤコ……貴様は我が輩の、かけがえのない……ただ一人の、女だ」

「うん……」
 抱きしめる腕が強くなる。その圧迫感に安心する。

 後日、あかねちゃんがこっそり教えてくれたこと。あのとき私の涙を見て、ネウロってばどうやら固まっちゃったんだって。魔力を通じて解ったみたい。酷く動揺していたって。それを聞いて、私はなんだか嬉しくなってしまった。そしてまた、ネウロへの気持ちが強くなった。

『涙は女の武器だね♪ でも、乱用しちゃ駄目だよ』By あかね

++ fin ++




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