告【こくはく+】

 我が輩は勝利した。喜ぶべきことだ。しかし……目の前の我が奴隷は放心状態で力無く壁にもたれて座っている。
 今回のことで本当に痛感した。いかにヤコが大切な存在であるかを。魔界生物である我が輩が、いつの間に、何故こんな感情を持ってしまったのか。最大の謎である。
「……我が輩はどうも我が輩が思っている以上に貴様を大事に思っているようだな」
 目の前の少女に向けて呟く。すると、体も心もぼろぼろに枯らしきった顔が、ピクリと反応を見せた。続けて、できるだけ優しく笑んで、目線を合わせるようにしゃがんだ。
「これが、人間の言う『恋』というものなのか?」
「ネウロ……私……」
 ヤコの目から涙がぽろぽろと零れる。無理矢理抑え込まれていた感情が、今、戻りつつある。
「でも……私……駄目だよ。もう、Xに、私……」
「構わん」
 震える体を抱きしめた。こんなにも細く、華奢な体。外力に対してあまりにも頼りないこの体を、Xは……。
「Xめ……。もっと苦しめるべきだったか」
 その言葉に、一瞬体がビクつき、か細い腕が背中に回された。服を掴むその手も、震えていた。
 ヤコに触れる。ヤコを抱きしめる。ヤコに口づける。ヤコを辱める……。それは……、それをして許されるのは、我が輩のみだ。この憤りはどう鎮めればいい?
「…それ…よりさ……ネウロ……キスして…強く抱きしめて……この震えを止めて……」
 泣きながら、震えながら懇願するヤコ。我が輩は望み通り、口づけを。幾度も重ねて、その度に深く。嗚咽など漏らさないように。腕の中の少女が、一秒でも早く、この忌まわしい出来事を忘れてしまえるように願いながら。
 「忘れるな」と言った矢先にこれか……。皮肉なものだな。だが、それも良い。進化の妨げになるものなど……いや、ヤコが苦しいとしか思えないものなど、我が輩のヤコが、我が輩以外のものに囚われるなど……そんな記憶なら……。
「ん……はぁ……」
 唇を離し、強く抱きしめてやる。壊れてしまわないよう、細心の注意を払って。それでも普段より強く。もう誰にも横取りされないように。もう誰にも傷つけられないように。
「ありがと……ネウロ」
 ヤコが弱々しい声で呟いた。震えは止まっている。だが、涙の方はまだ止まらないようだ。我が輩は再び、憤りのぶつけどころを探し出し、倒れているXを睨んだ。
「X……その傷を回復させ、再び、より苦しむ方法で切り裂こうか……」
「ネウロ……もういいよ。私は、ネウロが前と変わらず私を受け入れてくれるだけで……」
「しかし、我が輩の気が収まらん」
 そう言う我が輩に、ヤコは健気にも笑って見せた。まだ涙が止まらないというのに。
「ネウロの告白……嬉しかったもの。悪いことばっかりじゃなかったよ」
 得も言われぬ感情。ヤコの笑顔も、涙も、言葉も、全てが愛おしく、それが我が輩を支配する。
「そうか……。貴様がそれでいいのなら、仕方がない」
 我が輩はヤコを抱き上げ、動かなくなったXを一瞥して、その場を去ることにした。ヤコは、弱いながらも、腕を我が輩の首に回した。
「ねえ、私、ネウロに恋されてるんだよね? 嬉しい……すごく」
「…………そう言う貴様はどうなのだ」
 まさか、我が輩ばかりが熱を上げてるわけではないだろうが……。
 ヤコの気持ちは解っている。明確な言葉として表されたことはないが。ほら、その紅潮した頬で推し量ることが可能だ。
「ぁ……ぅ、ゎ……」
 なにやらもごもご言っているので、顔を近づけて目線を合わせた。ヤコの目は幾らか宙をさまよった後、我が輩の瞳を捉えた。
「わ、私も……ネウロ、好き……」
 そう言って、ヤコは俯いてしまった。
「……それは、『恋』なのか?」
 解りきっていることを、わざと耳元で囁いた。ヤコは一瞬のためらいの後、素直にこくり、と頷いた。我が輩は抱いている腕に少し力を込めた。それに反応してヤコが顔を上げたところに、素早く唇を重ねた。
「ん……」
 唇が離れ、ヤコを見やると、なんともうっとりとした表情で我が輩を見つめていた。
「ねえ、ネウロ……」
「何だ?」
「えと……その……私、たち……こ、恋人っていう関係になるのかな」
 幾分恥ずかしそうにその言葉を紡いだ。我が輩は一瞬、目を見開いてしまったが、すぐに笑みを浮かべ、言葉を返す。
「良いのか? 我が輩は人間ではないのだぞ?」
「ネウロが、いい……」
 即答されて、思わず頬が緩む。我が輩がこんな表情を見せるのは、この世でヤコ一人だけだな……。
 もう一度、強く抱きしめて、我々は帰途についた。

++ fin ++




戻るか?