「ネウロの馬鹿ー!!」
我が奴隷、ヤコの声が事務所に響く。我が輩は努めて冷静を装い、所長椅子に深く腰をかけた。
「主人に向かって馬鹿とは何だ、馬鹿とは」
わざとらしく溜め息を吐く。ヤコは涙目になりながら訴えてきた。
「せっかく、笹塚さんがパフェおごってくれるって言ってたのに! あそこのパフェは私のお小遣いじゃ食べられないくらいの豪華なものなのに! せっかく笹塚さんが、にっこり承諾してくれたのに!!」
「…………」
無言でヤコを睨むと、ヤコは今にも溢れそうなくらい、目に涙を貯めて睨み返してきた。
「……そんなに行きたかったのか、笹塚と」
「行きたかったよ! こんな機会滅多にないんだから!」
「……そうか。ならば今から行ってこい。今日はもう事務所にも来るな」
精一杯無表情を装ってヤコに言い放ち、視線を逸らした。我が輩の内に、どす黒いものが渦巻いているようだ。ヤコと視線を合わせたら、それが一気に溢れてヤコを襲いそうで。
「ネウロ……?」
ヤコは戸惑いながら我が輩の名を口にした。ちらりと見ると、ヤコは涙を拭ってこちらを真っ直ぐ見ていた。
「何を戸惑うことがある? さっさと笹塚の元へ行ったらどうだ」
「ネウ……」
「これ以上我が輩を煩わせるな」
ドン、と机を拳で叩く。ヤコはそれにビクッと身を震わせた。
早く笹塚の元へ行け。我が輩がこの黒いものを抑えているうちに。貴様を傷つけてしまう前に。
拳をぎゅっと握りしめて、目を閉じる。今にも溢れ出しそうなこの感情を、ずっと抑えているのは正直キツイ。
不意に、体にぬくもりを感じた。目を開けると、ヤコが我が輩を抱きしめていた。
「……ヤ、コ……?」
「ごめん、ネウロ……あんたの気持ち、考えてなかったね」
そう言って、ヤコは抱きしめる腕に力を込める。我が輩は握った拳の力を緩め、ヤコの背中に手を回した。
「別に、笹塚さんと行きたいって訳じゃないの。パフェ食べたかっただけ……」
一呼吸置いて、続けた。
「でも、あのパフェおごってくれるような人なんて他に思いつかなくて……つい……」
それだけ言うと、ヤコは我が輩の胸に顔を埋めてきた。小さく、ごめんなさい、と聞こえた。
「このミジンコが……」
悪態をついたが、この声に安堵が溢れていることなど、ヤコには解ってしまうのだろう。それでもいい。小さく口づけ、きつく抱きしめて、耳元で囁いた。
「それなら、いつでも我が輩が連れて行ってやる」
ヤコは顔を赤くしながらも、ようやく笑顔を見せた。
「うん……約束、ね」
「ああ……」
あのどす黒いものが、いつの間にか綺麗に消えていた。
++ fin ++