「人間……特にこの国では、自分の心を抑えて身を引くことが美徳とされるのだったな」
いつも通りの事務所内、いつも通りパソコンから目を離さず、ネウロはぽっと浮かんだことを弥子に投げかけた。
「ああ、そうだね。自分の幸せより相手の幸せ、ってことかな」
日本人に根付いた「自己犠牲」を美とする感覚。何よりも自分を優先させる魔人の目には、さぞ珍しいものとして映っているのだろう。
「しかし、一貫性のない人間が多いのだな」
「へ?」
「この、昼一時半からのドラマの登場人物は、身を引いたり感情のまま動いたり、忙しないことこの上ない」
「え、昼ドラ見てたの?」
よくよく見てみれば、パソコンのディスプレイに映っているのは、少し前に放映していた昼ドラの動画。しかも、しっかり会員登録してあるサイトで。
「…………何やってるかと思えば……」
「まったく、そんなだから泥沼にはまるのだ」
「うん……まあ、それが見所なんだけどね……」
ドロドロした人間模様が描かれる昼ドラは、人間の感情……特に愛憎について学ぶのに最適なのかも知れない。弥子はそんな風に自分を納得させて、ソファに深く腰掛けた。
ネウロは弥子を好ましく思っている。それは弥子も感じ取っているし、事実である。実際に「愛している」という言葉を交わした。体を重ねたことも少なくない。
しかし、弥子の頭には、どうしても剥がせない疑問が貼り付いている。本当に「愛」なんて解っているのだろうか。人間でさえ、それを解っていないことがしばしば見受けられるというのに。
「我が輩も、貴様の為に身を引くべきか?」
不意にネウロの呟きが聞こえた。その言葉に、弥子は弾かれるようにネウロの方を向く。
「…………え?」
無意識に聞き返してしまう。しっかりと聞こえて、頭に入っているのに。聞き間違いだと思いたくて。
「人間の相手には同じ人間の方が良いのではないか?」
「なに、それ……ネウロらしくない……」
「これが、貴様らの言う『相手の為に身を引く』というものだろう?」
「そ、そうだけど……」
弥子の声が掠れる。喉が渇く。弥子は冗談だと思いたくてネウロを見るが、その緑色には濁りがなくて。弥子の顔が絶望に染まり、事務所は沈黙に支配される。
続く→