コンコン
教官室の扉をノックする。何かを口に含んだままのような声で「どうぞ」と聞こえると、彼は扉を開けて中へ入った。
「桂木先生、ちょっと解らないところがあるのですが、いいですか?」
彼――脳噛ネウロは、優等生の微笑みをまとってはいたが、質問をしにきたにしては何故か手ぶらだった。
桂木弥子は苺大福を咀嚼して飲み込み、一息ついて脳噛ネウロへ向き合った。
「いいけど、何の質問? 授業のことじゃないよね」
相変わらずの直感と観察眼。脳噛ネウロは無意識に口角を上げて、静かに桂木弥子の机へと歩いていった。
「ええ、授業のことではないのですが、こういったことは貴女に尋ねるのが最も適切ではないかと思いまして」
「ふぅん……で?」
桂木弥子はもう知っていた。彼には人間としての何かを理解することに苦しみ、それを自分に求めているのだということを。
「無償の愛、って一体なんですか?」
また難しい問題を、と思わずにいられない。人間だってそんなもの理解しているのは少数ではないのか?
「……何でまた」
「教室で女子がしゃべっているのを耳にしまして」
彼の言い分はこうだ。
クラスの女子が、「見返りを求めているわけじゃない、ただ私があの人を好きなだけだったの」そう言っていた次の瞬間、「でもあの人は私のことなんて何とも思ってないのよ! 酷いじゃない!?」と喚き散らしたというのだ。
相手に何も求めていないなら、自分を愛することをも求めないのではないのか、と。
「あー…、そうだね……。確かに、論理的には君が正しい」
桂木弥子は苺大福をもう一つ手に取り、ぱくりと一口食べてから、でもね、と続けた。
「その矛盾したところが、人間らしさなのかもしれない……」
その曖昧な答えに、脳噛ネウロは困った顔で首を傾げた。それを見て、桂木弥子はふふ、と微笑んだ。
「人間がみんな論理的に理解できてしまったら、君はここに質問に来ないでしょう?」
その言葉は、なかなか理解できないものなんだからもっとここに通いなさい、と言っているように解釈できてしまう。
それに脳噛ネウロが気づいたのか……彼はもう一歩彼女へ近づいて、彼女の腕へと手を伸ばした。
++ fin ++