桂木教官室から漏れ出る光と音。
「どうして…? ねぇ、見慣れてるはずのあなたの顔が、知らない人に見えるわ……」
いわゆるトレンディードラマとかいうやつ。
未だブラウン管のTVなのは、理系のありがちなこだわりだ。
見入っている桂木弥子の背後からそっと近づくのは、学校の秀才有名人、脳噛ネウロ。
「うっ…ぐすっ……」
「桂木先生も、こういうドラマ見るんですね」
「のっ、脳噛くん! …びっくりした」
「この女優はゲシュタルト崩壊を起こしているのですか?」
ゲシュタルト崩壊とは、心理学における概念の一つである。
例:同じ漢字をずっと注視していると、なんだかその漢字がバラバラのような、なんともこんがらがった違和感を感じるようになる。
「…………ぷっ、あははは、違う違う」
「そんなに笑うことですか」
「あはは、ごめんごめん。脳噛くんはドラマに感動して泣くとかないの?」
「僕はあまりそういった感情は解らないので」
人間の感情を理解できず、とりあえず知っている事象に当てはめてみた。
彼にとってはそれだけのことだった。
「そっかぁ……。でも、君がゲシュタルト崩壊であると感じたなら、それはそれでもいいのかも」
意外な返答に、脳噛ネウロは思わず目を見開いた。
そういうことじゃない、と説教されるのに慣れすぎていたからだろう。
「感じ方なんてそれぞれじゃない? 違う人間なんだから、当然細胞もDNAの配列も違うわけで、脳にだって差異があるはずだもの」
「なるほど、他人であるという時点で、既に条件がそろっていないということですね」
「そういうこと。ゲシュタルト崩壊を起こすほどにその人一点しか見ていないっていうのが、時に人間関係をこじらせる、なんて解釈があっても良いじゃない」
そうして、桂木弥子は無邪気に笑う。
そういうこともある、と多角的な解釈を否定しない。
「……ふっ、やはり貴女は面白い」
「そう? 理系じゃ普通だし、文系には変人って言われるけど」
理系というものが心地良いのか、目の前の女の笑顔が心地良いのか。
分析の価値有り、とは脳噛ネウロの独り言。
++ fin ++