珍しく何もない一日。
来客もなければ、『謎』の気配もない。
ただただ、時間だけが過ぎる事務所。
ソファに深く座り、紅茶をすする少女。
壁の中に引っ込み、しばし休憩する秘書。
パソコンを前に、退屈そうにキーを打つ魔人。
あまりに何もなくて手持ちぶさたな少女は、ただなんとなく魔人へ視線を注いだ。
――いつ見ても、何度見ても、綺麗……。
頭のてっぺんから足の先まで、完璧に整っている魔人。
――どうして私だったのかな。
少女はその人ならざる存在に捕らえられてしまっていた。
もはや逃げることなど叶わない。
一方、当の魔人は少女の視線を明確に感じ取っていた。
――さて、どうしたものか。
思考する魔人は、不意に少女の方を向いた。
魔人と目が合ってしまった少女。
慌てて前を向いて俯く。
その様子があまりにも愛おしくて。
――何故、この娘なのか。
少女を捕らえたつもりでいる魔人は、逆に少女に囚われていた。
たかがミジンコ、そう思いつつも不思議と不快感はない。
「ヤコ」
名を呼び、ソファを挟んで少女の後ろへ移動する。
そしてそれが日常動作であるが如く、ごく自然に少女を抱きしめた。
「ネウロ……?」
疑問を抱きながらも、魔人の腕を振り解かない少女。
何も言葉を紡ぐことなく、少女の髪に顔を埋める魔人。
二人とも、互いが本来交わることのない相手だと理解している。
二人を分かつ要因など、無数にあるのだ。
抗えない事実が切なくて、少女は自分を包む魔人の腕をきゅっと掴んだ。
魔人はそれに応えるように、抱きしめる力を強める。
そのとき、確かに二人の心が同調した。
――願わくば、もう少しだけ、このままで……。
++ fin ++