これは、とある世界のとある場所にあるとある国の物語。
「ちょっと王様! いい加減にしてください!!」
女中のお小言を聞こえないふりでごまかす青年、ネウロ。彼はこの国の王様です。またなにやらいたずらをしたようで、女中がぎゃんぎゃん騒いでいます。
この女中、名前をヤコと言いまして、ワガママな王様に唯一お小言を言えるという、とても貴重な存在です。しかし、彼女の出生は『謎』に包まれていました。
それは何故かと言いますと。
ヤコにはこのお城で働きだした……いえ、このお城に現れた日から、それより前の記憶がありません。それはなんと、お城を護るために設置されていた地雷を踏んでしまったからなのです。恐らく、衝撃で頭を打ったのでしょう。自分の名前以外の全てを忘れてしまったのです。
普通ならば不安な日々を送るのでしょうが、楽観的なヤコはこの賑やかで楽しいお城での生活が気に入っていました。そして何より王様のネウロがヤコにご執心のようで、敢えて詮索をすることはありませんでした。
「ヤコ、来い」
「ん…ねうろ………ぁ、ぁ……っ……」
誰にも言えない夜の情事。王様が女中を愛するなど、いい笑いのネタですからね。
王様は腕の中にヤコがいれば幸せでした。ヤコも、王様に抱かれることで幸福を感じていました。
二人とも、この関係をずっと続けるわけにはいかないことは解っていました。
そんなある日のことです。お城に、隣の国から使いがやってきました。なんと、ヤコは隣の国の王女様だと言うのです!
この国と隣の国は、あまり仲が良いとは言えない状態でした。そんな中、ヤコの素性を調べもせず、女中として城に住まわせていたなんて、隣の国の王様が怒るのも当たり前です。
結局、嫌がるヤコを半ば無理矢理、隣の国へ連れ帰ってしまいました。
それからです。王様、ネウロは隣の国へ様々な贈り物をしました。しかし、隣の国の王様は頑としてネウロを許しませんでした。
「王女様、王女様のお好きな桜餅でございます」
「…………」
「王女様……どうか、お召し上がりください」
「…………いらない……」
ネウロと引き離されたヤコは食欲が無くなってしまい、日に日に衰弱していきました。ネウロに逢えなくて、毎晩枕を濡らしていました。本当の自分と本当の記憶、そんなものはヤコにとって何の価値もないものでした。
ヤコの父君は、笑わなくなったヤコを見て、後悔し始めていました。しかし、意地というかプライドというかメンツというか、素直にネウロを許すことができません。
そんな時、事件が起こったのです。
ヤコが自分の部屋のバルコニーから飛び降りてしまいました。幸い、二階だったので大した怪我はありませんでした。ただ一つ、赤い液体が脚をつうと滑り落ちていった事を除けば。
そう、ヤコは妊娠していたのです。
父君は、娘を汚された、と激昂しました。すぐに医者に堕胎させるよう言いつけます。しかし、わざわざ手術を施すまでもなく、落下の衝撃で既に流産していました。
「ねぇ、ネウロ、何処に行くの? そっちは川があるわ」
いつしかヤコは、庭で鳥達と戯れるようになりました。その中にいる青い鳥が特にお気に入りでした。その鳥の青い羽根が、ネウロが身に纏っている服にそっくりだったからです。
ヤコは、青い鳥にネウロを見ています。いいえ、ヤコにはネウロが見えているのです。
「ネウロ、今日は一緒に寝られるかしら?」
ヤコは、頬を染めて笑っています。それはとても幸せそうに。
ヤコのお腹の子の父親がネウロであったこと。それは、たとえ身分が女中扱いとはいえ、ネウロとヤコが愛し合っていたことを表していました。
狂気と幻覚に囚われたヤコを救う手段は、どんなに考えても一つしか思いつきません。
「ヤコ!!」
「…………ネ、ウロ?」
王の身でありながら、自らヤコを迎えに行ったネウロ。そのままヤコをきつく抱きしめます。
ヤコは正気を取り戻し、父君は泣いてネウロに感謝しました。
そうして、国同士が仲良くなったのは言うまでもありません。
ヤコは王妃として、今も王様ネウロの隣で笑っています。
++ fin ++
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